奈良市の春日大社のご分社として、鎌倉時代に、本部家第一代の、本部宮内左衛門定兵が創建したと伝えられる。のち、この地を領した都於郡城主伊東氏、その後の佐土原島津氏は供田三百石を献じ、氏神として篤い崇敬..
もっと見る奈良市の春日大社のご分社として、鎌倉時代に、本部家第一代の、本部宮内左衛門定兵が創建したと伝えられる。のち、この地を領した都於郡城主伊東氏、その後の佐土原島津氏は供田三百石を献じ、氏神として篤い崇敬をした。古くは、春日大明神と称したが、明治以降は春日神社と改め、昭和二年村社に列せられた。また昭和五十年十月、社地を現在の処に移し、朱塗りの色鮮やかな春日造りの神殿が完成し、春日大社花山院宮司のご列席のもと、盛大に遷座奉祝大祭が執行された。昭和六十年十月十五日には、ご創建七七〇年、昭和ご遷座十年祭が催され、藤原氏の氏神として、また近郷近在の鎮守の神として、ご神威はますます高まっている。特殊神事として地元春日地区民による旧暦六月十四日の「だごおつや」、旧暦九月十四日の「にぎりめしおつや」がある。前者は氏子の各家より、団子を作り奉納し、のち直会において参列者全員子供に至るまで一個ずつ分け与えられる。後者は同様ににぎりめしを奉納するもので、両方とも夜を徹して行われる。小麦、米の豊作感謝の祭である。昭和五十九年より、春祭りには戦前は行われていた奉納剣道大会を復活し催している。(平成二十五年を以て中断)平成二十六年にはご創建八百年を記念して、本殿、拝殿の塗り替えと手水舎の新築工事が行われた。